ベビーカーに乗せられている小さな子が、どんな犬種を見ても「ワンワン」と口にする。一人、二人でなく、何年にもわたってしばしば見かけてきた光景だ。 この子たちは犬が好きなのだろう。でも大人は犬種をいくらか知っているから、チワワであってもグレートデーンであっても、ともに犬とわかるのだろうが、言葉さえ頼りない子供までが、小型犬から大型犬、毛が短いものから長いもの、耳が立っているものから垂れているものまで、なぜ初対面で同じ犬族と見分けられるのだろう。馬にもいろいろあるけれど、犬ほど様々なかたちはしていない。キリンと言えば首が長いと決まっているが、では犬はと尋ねられたら説明が難しい。 私は物心がついたとき既に犬が好きだった。最初に出会った犬は、両手に収まるくらいの大きさのぬいぐるみだ。こげ茶色で、小さな耳が立っていて、プラスチックでできたつやつやした眼をし、仔犬らしい丸っこい体つきだった。たまらなく好きで、片時も手放さなかった。 四十年以上前のこの国は、いまほど犬が飼われておらず、社宅暮らしが長かったこともあり身近にあまり犬がいなかった。だから犬と出会えたときの喜びはひとしおで、目の前の相手がたとえ吠えようとも恐ろしい動物と感じたことはなかった。大人になって野犬に囲まれた折にはじめて犬を怖いと思ったが、対峙しながら感情を読みあう気持ちの余裕があった。そして、野犬から威嚇されても犬を嫌いにならなかった。もっと犬の心の内を知りたいとさえ思った。 実家ではまず柴犬、次に純白の雑種犬を飼い、特に白犬のダーリンは中型犬を外飼いするのがあたりまえだった時代にひとつ屋根の下で寝食をともにしたので、彼の何もかもが忘れ難い。しばらく犬を飼えない生活が続いて、犬とともにある暮らしを求める渇きが、入居者未定のがらんとした空き部屋としていつも心の片隅にあった。 里親募集サイトでひいを見初めたのは妻で、私はといえば心の空き部屋に新しい犬を入居させるべきか戸惑いがあった。妻がひいのとりこになった様子であればあるほど、私にダーリンの記憶がありありとよみがえり、もう一度、彼と暮らしたいと思ったからだ。ダーリンと同じ犬はいない。 ひいの特徴は、茶色く短い被毛、絶妙なこげ茶に色分けされているぴんと立った耳、張り出した胸から腹へ引き締まって行く曲線の妙、つぶらな瞳、適度な長さのマズル、マズルを引
この読み物は「ひい」こと「ひかり」の我が家での生活について書いたものです。ひいは乳飲み子のとき千葉の動物愛護センターから救われた犬で、2008年の4月(生後6カ月時)に当家の住人になりました。